黄帝内経を読んだことがなければ『医』とは言えない
『黄帝内経』は医学書としては中国最古ののものであります。
東洋医学・鍼灸医学の原典と呼べる位置にある本です。いつか完成になるのははっきり分かっていませんが、何百年も時間で数えきれないほどの代々の医師たちが個人個人の臨床経験と知恵で作った経典であると言われます。聖人たちが残してくれた大いなる遺産は、心ある鍼灸̪によって現在さらにその真価が高められています。黄帝内経の内容がさっばり分からなければ、東洋医学の医師になるのはあり得ないのです。
具体的な内容は医学だけでなく、気象学、天文学、薬学、運命学、養生学など、内容は豊富で中華文化の一つの源として存在であります。
哲学角度の黄帝内経
『黄帝内経』が2000年前に書かれた時代の医療は、現在のような先進的な精密機械を利用したりすることは出来ませんでした。その代り、人が生きていることを『全体的に』捉え、生命の営みを緻密に見ていた。そこで得られた知見が示すのは、ヒトと自然の関係、臓器同士の結びつき、心と体との関連といったことでした。
病気だけを問題にするのではなく、その人のライフスタイルや性格、まだはその人の住んでいる土地、季節などとの関わりから、総合的に見ていたのです。ヒトが健康で寿命をまっとうするためにはどのようにあるべきか、哲学の観点から病気を考えていました。
現在も中医学で活用されている『黄帝内経』
未病という用語は、『黄帝内経』で初めて使用されました。
「聖人は既病を治すのではなく、未病を治す」
既病とは、既に症状が出ている状態、未病とは病気は体内にあるのに、症状が体表面に出ていない、しかし治療しなければいつか必ず病気になるのは当たり前という状態です。
現在人も活用されている『黄帝内経』
養生:『黄帝内経』の内容は深く、多岐にわたりますが、例え、四季の夏養生法は二十四節季で「立夏」から「大暑」までを指します。陽気が最盛の時期で、植物も生茂る。人体も同様に新陳代謝が旺盛な時期で、皮膚の汗腺が開き汗を出すことにより体温の調節をするので、暑さを防ぐ、湿度を防ぐ、体内外の温度さは激しく変化にならないように冷たい飲食を下げるなどを挙げます。
飲食は他の季節以上に注意しなければならず、湿気により胃と脾臓の気が損なわれ、消化能力が減退します。高温になると消化液の分泌も減少するため胃に負担をかけない飲食が大事です。
冬の病気は夏に治す。冬の病気は陽気が少なく陰気過多が原因になることが多い。冬に風邪をひいたり病気にかかりやすい人は、夏の間に陽気を取り入れ養っておく。
五谷為養、五果為助、五蓄為益、五菜為充、気と味を合わせて、心身のバランスを取って元気で過ごしましょう。
太極→両義(陰陽) | 両義(陰陽)→四象(四季) | 四象→八卦 |
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『易経』とは
今より3500年前に中国で生まれました。中国で易経が大成した時代は日本では何と縄文時代に当たりますが、当時の中国の人々もまったくの大自然の中での生活を送っていました。そうした時代の中、知恵深き哲人があるがままの天地自然を鋭く洞察して易の基をつくりました。易は伏犠(ふっき)によって始められ、その後、周の皇帝の文王(ぶんのう)とその子周公(しゅうこう)により大成されたとされ、周易(しゅうえき)ともいわれます。そして「易経」という教典にまとめられたのです。これは後に、儒教の開祖である孔子が、儒教の教典である五経(易経・書経・詩経・礼記・春秋)の筆頭に採用したほどに素晴らしい内容の価値あるものなのです。その後、泰の時代に、始皇帝による焚書抗儒(ふんしょこうじゅ)という、それまでの歴史的価値のある貴重な文献が厳しい思想統制の下、灰になってしまう事件がありましたが、さすがの彼も易経には敬意を表したと思われ、易経だけは難を免れました。以来、現代に至るまで各分野でさまざまな人に活用され、かけがえのない人類の遺産となっています。このように易は、易経という教典を基に古代中国で発展し、現代に受け継がれている皇帝の学問であり、私たちの国では周易、あるいは易学として知られています。中国のかつての皇帝たちは、国を治める過程でさまざまな困難な問題にぶっかった時、易に尋ねて解答を求め、そして易が示す注意点を参考にして立派に国を統治してきたといわれます。つまり易は、皇帝たちにとって陰の名参謀役だったわけです。
『易経』の変化
易の基本的意味は「変化」、すなわち「変わりゆく」ということです。ちなみに、英語では易経のことを「The Book of Changes」とよんでいます。「冬来たりなば、春遠からじ」という言葉があります。凍てつく冬もやがては去り、暖かな春が訪れて万物は活動を始めます。まぶしい太陽の夏の次には実りの秋が訪れ、そしてまた万物が活動を止める辛い冬が巡ってきます。
一日の太陽の動き一つをとってみても、朝は闇を破って東の地平線から昇り、昼は中天に構えて万物にエネルギーを与え、夕方になれば空を赤く染めながら西の地平線に沈んでいく、という変化を繰り返しています。こうした自然の変化と同様に、私たちの人生にも希望に燃える朝もあれば、今が盛りの昼もあれば、意気消沈する夜もあるわけで、刻々と移り変わっていくのが人生いうものであります。
『易経』の真髄
易経は太極・陰陽・八卦・六十四卦・三百八十四爻から構成されています。
その内容は、私たちが一生のうちで経験するであろう人生の局面(ステージ)を大きく六十四の局面に分類し、さらにその一つひとつの局面を小さく六つに分けて、合計三百八十四もの局面で表しています。人間社会の出来事はいかに複雑な動きに見えようとも、この三百八十四のパターンの中にピタリと当てはまるのです。ですから易では、前者の分類によって「あなたの現在の天の時はこうですよ」と教え、後者の分類によって「したがってこういう方向に進むべきですよ」と示してくれます。そして、その内容も、龍や鳥の一生などを用いて物語風にわかりやすく書かれています。そこに、易経を創った人々の自由奔放な発想と細やかな観察力、尽きることのない知恵の豊かさを感じ取ることができます。
当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦(はっけ」と言う言葉がありますが、易占はその程度のものではありません。
▼易経六十四卦の解説
周の国王、文王の作といわれます。自然も人生も多岐多様で、八卦(はっか)では単純すぎます。そこで八卦を上下二つに組み合わせることで8X8=64の組み合わせができました。これを易経六十四卦といいます。この六十四卦は、それぞれ決まった順序で記されています。それぞれの名前を卦名といいます。一般的には本卦といいます。六十四卦では自然のみならず、人生や政治などのあらゆることが表現できるようになりました。